アントニオ猪木対ストロング小林!ジャーマンで決着した年間最高試合

元祖日本人対決!

巌流島の戦い!

団体エース同士!

いろんな言い方がある名勝負……。

 

……ということで、こんちにちは!

ヒロシさんです。

「ゆるゆる投資ログPlus」へようこそ!

 

今回はプロレス大賞年間最高試合にも輝いた、

アントニオ猪木対ストロング小林を紹介します。

 

 

アントニオ猪木対ストロング小林!
ジャーマンで決着した年間最高試合

 

アントニオ猪木対ストロング小林:試合内容

1974年3月19日

東京・蔵前国技館に行われたアントニオ猪木対ストロング小林の試合。

東京スポーツ(東スポ)が毎年12月に発表するプロレス大賞の

第1回年間最高試合に選ばれている。

 

小林得意のベアハッグブレーンバスター

猪木を追い込んでいく。

そして、必殺のカナディアン・バックブリーカー

 

猪木は、小林の背後にすべり降りてバックドロップ(岩石落とし)

起き上がりざま、

ジャーマン・スープレックス(原爆固め)

猪木のつま先がバウンドするほどの衝撃!

勝負あった!

29分30秒、試合終了!

 

握手を求めた小林。

もう一度こい」と応じた猪木。

 

日本選手権(的)な試合を制した猪木は、

実力日本一の評価を得た。

 

東スポ以外のスポーツ紙はプロレス記事を扱わない時代……。

しかし、この試合は朝刊スポーツ紙のほとんどが、

一面で報道した。

全日本プロレス・日本テレビ系列の報知は二面扱いでしたが……。

 

試合実現までの経緯

新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレスの三団体の時代。

 

国際プロレスのエースでIWA世界ヘビー級チャンピオンのストロング小林が、

突然のフリー宣言

馬場と猪木に内容証明郵便挑戦状を送った。

内容証明の挑戦状ってすごいよね!

馬場はこれを黙殺したものの、猪木は小林の挑戦を受諾

このシチュエーションにみんなシビレた

 

事実としては、新日が小林を引き抜いたってことらしいけど……。

やらせでもなんでも、とにかくどきどきわくわくでした。

 

団体エース級の日本人レスラー同士の対決は力道山対木村以来20年ぶり!

当日、蔵前国技館に入場できなかったファンが数千人ということになっています。

 

猪木と小林は似ている?

後にストロング金剛としてタレントに転じた小林ですが、

この試合の当時は猪木とそっくり!?

 

顔つき・体つき・リングコスチュームまで、似ていた。

ファイトスタイルの違いはあったが、

当時小学生のオレはショートタイツの色で見分けていた。

 

ということで、いかがでしたか?

 

現在は、ネットやビデオで見ることも出来るこの試合。

ご覧になってない方は、是非どうぞ。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

では、また〜。

 

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